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はじめてのパーソントリップ調査で山形市が得たもの
Vol.3新たな都市交通調査への期待と
パーソントリップ調査の今後
現在では全国すべての都道府県で行われているパーソントリップ調査であるが、47番目に実施に踏み切ったのが山形県だった。調査を実施した山形市の担当者にこの調査で得たデータの活用法や今後の課題などについて伺った。
部署間を超えて利用されるパーソントリップ調査のデータ
調査当時はまちづくり推進部都市政策課に所属し、PT調査の中心的役割を担った宮城友嘉氏(写真中央)。現在、PT調査で得たデータをもとに「ウォーカブルなまちづくり(居心地がよく歩きたくなるまちづくり)」などの施策を担当する尾形秀史氏(写真手前)。
宮城氏:
山形市が周辺2市2町と連携し、パーソントリップ調査(以下、PT調査)をはじめて実施して感じたことは、我々が想像していたよりもはるかに幅広い分野でデータの活用ができるということです。
実際、調査データは、まちづくりや交通分野に直接関わる部署だけでなく、観光や健康分野など部署間を超えてさまざまな施策で活用されています。
20地域間(山形市大ゾーン+周辺2市2町)間手段別トリップ数(平日)
(https://www.city.yamagata-yamagata.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/109/kekka30-3.pdf)より
具体的には、立地適正化計画や地域公共交通計画、駐車場配置適正化計画など、都市計画や交通政策に関する計画はもとより、山形市発展計画に掲げる施策目標の一つである仙山生活圏の交流促進に向けた検討・分析、健康医療先進都市の確立に向けた自転車やウォーキング環境の整備推進に関する計画の策定などにもPT調査で得られたデータを活用しました。更に、地域公共交通計画に示した公共交通ネットワークの構成要素である鉄道や路線バスといった「交通軸」、これらが交差する「交通結節点」の整備に向けた具体的なプロジェクトや整備方針の策定においても、PT調査データが活かされています。
人や環境にやさしいコンパクト・プラス・ネットワークによるまちづくりを進めるためには「地域公共交通計画」と「立地適正化計画」をそれぞれ別に策定をするのではなく、互いに連携させて策定していくことで、よりよい計画とすることができます。PT調査はこれらの計画策定に必要な公共交通や都市に対する住民のニーズを、実際の人々の移動と活動のデータから示すことができます。
山形市では平成31年にPT調査の結果を公表した後、その結果を踏まえて令和3年に山形市立地適正化計画及び山形市地域公共交通計画を策定しています。交通手段の利用状況や人々の集まる場所などを踏まえ、両計画で都市構造や交通ネットワークの考えかたを共通させたものを策定しています。
尾形氏:
私は現在、中心市街地の「ウォーカブルなまちづくり(居心地がよく歩きたくなるまちづくり)」に向けた施策などを担当しています。PT調査を実施していなければ、中心市街地に訪れる市民の属性や目的、移動手段、平日と休日による違いなどの情報がわからないため、具体的な課題の把握ができなかったかもしれません。PT調査により中心市街地エリア内の短距離移動ですら自家用車で移動している実態がわかりました。中心市街地エリアまでの移動は自家用車であったとしても、エリア内は歩いて移動してもらうための施策を検討しています。また、PT調査実施後に、中心市街地にあった百貨店が2店舗閉業してしまったのですが、これらの百貨店がこれまでいかに近隣住民の生活を支えていたのかも、PT調査データによって確認することができました。
日本有数の「車社会」である山形県。郊外から市の中心部までは車で移動しても、街の中心部は歩いて移動してもらいたい。
宮城氏:
PT調査のデータを最大限に活用するため、まちづくりや交通政策に関係する部署にとどまらず、さまざまな分野の部署によって構成される庁内検討会議を組織し、庁内の調整や調査・分析項目の検討などを行いました。このため、例えば、中心市街地における時間帯や距離別の滞留人口や、帰宅困難者の推計、地震や洪水発生時の被災想定地域における時間帯別の滞留人口の推計など、防災の観点から分析を行うことができました。また、庁内検討会議において、各部署で必要な調査・分析項目を調整していたため、PT調査報告書に示した図表が他部署の会議資料で利用されたり、PT調査データが具体的な取り組みや施策の検討に用いられることもしばしばあります。PT調査データが庁内のさまざまな部署で活かされているのは大変うれしいことです。
他部署でPT調査データが使われるようになったのは、庁内検討会議から一緒に検討を進めてきたことや、各部署に利活用の働きかけを行ったことはもちろんあるのですが、調査結果を取りまとめた「PT調査報告書」にも工夫を凝らした点も理由の一つかもしれません。部署内の本棚に報告書を並べた時、すぐにPT調査の報告書だとわかるようなデザインにしたこと、また、なるべく多くの人に手に取ってもらえるような堅苦しくないイラストなどを採用したことも功を奏したように感じています。
他部局でも手に取ってもらえる親しみやすいデザインの報告書。
今後の都市・交通政策で期待すること
PT調査を実施できたおかげで各部署間での横の交流も増えたと語る宮城氏(左)と尾形氏(右)。
宮城氏:
第1回目のPT調査結果は、まちづくりや交通政策などの基礎データとして、今後も引き続き利活用していきたいと考えていますが、目まぐるしく変化する社会経済情勢や新たな交通課題などを的確にとらえるため、PT調査については、通常、おおむね10年に1度の間隔で行うものとされています。しかしながら、次回の調査に向けては、調査体制や調査費用などの課題に加え、新型コロナウイルス感染症収束後の市民の行動変化といった新しい考え方への対応など、やはり課題もたくさんあります。
小さい自治体こそ“都市の診断カルテ”PT調査を
山形市健康医療部 生活衛生課 主査の矢矧史彰氏(調査当時は、まちづくり推進部都市政策課主任として、宮城氏とともに中心的役割を果たした)。
矢矧氏:
現在の「山形市都市計画マスタープラン」については、『全体構想』、『分野別構想』、『地域別構想』の3つで構成されており、『全体構想』と『分野別構想』は、PT調査を実施する直前の平成29年3月に策定されたものですが、『地域別構想』については、PT調査の結果を柱に策定されています。この地域別構想は、地区を25地区に区分し、地域の特性や固有の課題に応じた地域ごとのまちづくりの基本方針を示すもので、策定にあたっては、PT調査の結果を用いるとともに、それを根拠にしながら、地域住民とより具体的な内容について意見交換を重ねました。また、都市計画マスタープランの具現化や、今後、評価・検証する際、PT調査結果の活用が必須であると考えています。このように「都市の診断カルテ」となるPT調査の必要性を実感しています。
また、PT調査を実施する大きな理由としては、新しい施策を行う場合、PT調査の結果から導き出された客観的なデータを示すことで、市民から理解を得られやすいというメリットがあるからではないでしょうか。職員が日頃地域の方々と接する中で身近に感じている課題や問題点がPT調査データで「見える化」され、数値で説明できるのは、とっても大きな成果だと思います。
PT調査は都道府県や政令市が中心となって行うものというイメージがありますが、決してそのような先入観にとらわれる必要はないと思います。山形市が中心となってPT調査を実施したからこそ、地域の課題や問題点をより具体的に把握し、また、分析・検証することができたため、その結果をまちづくりやさまざまなプランニングに活かせたと思います。
山形市においては、今回、PT調査を初めて行い、非常に有意義なデータを取得することができました。今後、2回目、3回目と継続してPT調査を実施しデータを蓄積することで、その価値はますます高まっていくと思います。また、PT調査データを活用する幅もさらに広がっていくのではないでしょうか。
宮城氏:
おそらく、全国の自治体担当者の中には、今後、PT調査を実施したいと考えている方も多いと思います。PT調査の実施にあたっては、山形市としても調査経験がまったくない中、市民をはじめ、国や県といった関係機関など多くの方々からの理解に加え、予算の確保、より効率的・効果的に調査を行うための工夫など、さまざまな面で苦労を重ねた末、ようやく実施に至り、また、成果を得ることができました。皆様におかれましては、ぜひ山形市の取組を参考の一つにしていただければ幸いです。
「PT調査報告書」と調査時のイベントなどで着用したTシャツを持って。左から矢矧氏、宮城氏、尾形氏。
今回は3回にわたり、県下初の調査を実施した山形市の担当者にPT調査の実現に向けた取り組みや調査で得たデータの活用法や今後の課題などについて伺った。「想像していたよりもはるかに幅広い分野でデータの活用ができる」という言葉が印象的だった。「都市の診断カルテ」となるPT調査の大きなメリットは地域の課題や問題点が「見える化」されることにある。まだ調査を行なっていない自治体や長らく調査を実施していない自治体においてもPT調査を実施することで、それぞれの地域独自のまちづくりを進める上でも貴重なデータの取得・活用に期待したい。