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はじめてのパーソントリップ調査で山形市が得たもの
Vol.2パーソントリップ調査の結果から
見えてきたこと
現在では全国すべての都道府県で行われているパーソントリップ調査であるが、47番目に実施に踏み切ったのが山形県だった。調査を実施した山形市の担当者に、地域の特色を活かした実態調査の具体的な内容や、その結果から浮かび上がってきたこと、調査の利点や調査結果の施策への活かし方などについて伺った。
山形市の地域の特色に着目した調査
パーソントリップ調査(以下、PT調査)の実施が1年半後に決まったものの、我々山形市にはノウハウがまったくなかったため、実施までの道のりは容易なものではありませんでした。
山形県や周辺の自治体、隣接する仙台市などと連携を図ることに加え、都市の人流の調査に詳しい大学の先生やPT調査を手掛けたことのあるコンサルタント会社にも相談しながら、一歩ずつ進めていった感じです。
山形市企画調整部 公共交通課 課長補佐の宮城友嘉氏。(調査当時はまちづくり推進部都市政策課に所属し、パーソントリップ調査を担当)
ありがたかったのは、当時すでにPT調査を4回実施していた仙台市との関係です。担当する職員同士で情報交換を密にさせていただくとともに、「山形市と仙台市が“仙山圏”として、連携しながら一緒にがんばっていこう」という共通意識を持てたことも大きなプラスでした。
山形市の街づくりを考える上でも、山形市だけの発展を考えるのではなく、隣接する仙台市とお互いに連携した広域的な都市圏としての視野が重要であることを再確認できました。
一方で、調査データについては、立地適正化計画をはじめ、山形市の様々な計画等の策定や、計画の実現に向けた具体的な取組に活用したいと考えておりましたので、これまでの調査項目などにとらわれず、調査票には、地域の特色を活かした山形市ならではの調査項目を設けました。また、ゾーニングについても、都市計画マスタープランにおいて区分している地域や地区にも対応が可能となるよう分割するなど、より精度の高い集計や分析ができるよう工夫しました。
調査項目については、たとえば、山形市には温泉施設が多いため、立ち寄り先の施設に「温泉・浴場(日帰り)」を加えたり、他の地域の調査では、小売店舗など一つの括りにしてしまう項目について、スーパー、コンビニ、その他小売店の3種類に細分化、あまりみかけない「産直市場」といった項目を加えたりもしました。
また、これも山形市独自の調査項目ですが、「起床・就寝時刻」を加えました。この結果、都市圏居住者の1日の活動時間を把握できただけでなく、とくに40~50代の主婦層において、起床時刻が早く、1日の活動時間も長いといった、新たな課題につながる結果もデータとして浮かび上がってきました。
今後、PT調査の実施を検討されているほかの自治体でも、このように地域独自の調査項目を加えることで、PT調査のデータがより価値のあるものになるとともに、地域の課題解決に向けた重要なコンテンツになると思います。
PT調査項目には、山形市の地域色を反映するために、立ち寄り先として「温泉」や「産直市場」などの項目を加えた。
山形都市圏の30~59歳の女性は80%が朝7時までに起床しており、男性と比べて7ポイント多い。(山形都市圏パーソントリップ調査より集計)
人の動きが「見える化」
山形市健康医療部 生活衛生課 主査の矢矧史彰氏(調査当時は、まちづくり推進部都市政策課主任として、宮城氏とともに中心的役割を果たした)。
矢矧氏:
都市計画とは、本来、時代に合わせて変容する「まちのあり方」に合わせて行われるものです。
当然、山形市がまちづくりを進めるに当たっては、市民の声や地域の要望も大切な要素となりますが、まずは行政の担当者がこのような市民や地域の多様なニーズの根底にある状況や要因を客観的に把握する必要があると思っています。
これまでを振り返ってみますと、PT調査を実施する前の山形市には、市民の日常生活における移動や行動の実態など、参考となるデータがありませんでした。山形市が各種計画に基づき具体的な施策に取り組む際、果たしてどれだけの成果を収められるのか、課題の解決につながるものなのかなど、市民に対して客観的な根拠に基づき説明することができない状況でした。このため、市民の理解を得ることにだいぶ苦労しました。
たとえば、新しい道路や公共交通を計画する際、市民に対してその必要性や効果、それに要する費用など、様々な観点から説明し、理解を得る必要があります。しかしながら、その根拠となる実態がつかめていない以上、イメージでしか説明することができませんでした。
PT調査は、「どのような人が」、「どのような目的で」、「どこからどこへ」、「どのような交通手段で」移動したのかなど、個人の属性や移動手段、目的などを具体的に把握することができ、また、その結果を様々な視点から分析することで、地域の現状や課題、問題点などを明確に示すことができます。
年齢階層別・代表交通手段構成比(https://www.pref.yamagata.jp/documents/17584/persontrip.pdf)より
実際にPT調査を行ってみて一番驚いたことは、山形市は私が想像する以上に「車社会」だったということです。
その実例として、近所のスーパーマーケットに行くときはもちろん、100メートル先のコンビニエンスストアに行く際にも自家用車を使う人が珍しくないんですね。
それから、保育園に子どもを預けたり、同居する高齢者を病院や商業施設などに送ったりする「送迎トリップ」の多さも実態としてわかりました。
更に30~40代の主婦層は早朝や夕方の「送迎トリップ」が多いこともわかりました。このようなことは、逆の見方をすれば、多くの子どもや高齢者は、誰かの送迎がないと目的地まで移動できない環境におかれていることになります。
性別・年齢階層別送迎トリップ数および送迎トリップの着施設(都市圏計・平日)
(https://www.city.yamagata-yamagata.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/109/kekka30-4.pdf)より
PT調査の実施が実現し、それまで漠然としていた人の動きがデータとして具体的に「見える化」されたことで、自家用車利用の低減や公共交通の利用促進、二酸化炭素排出量の低減、徒歩や自転車利用による山形市が提唱するSUKSK生活※1の実践など、現在、市が取り組んでいるさまざまな施策や方針につなげられたと思います。
※1健康寿命の延伸を実現するには、健康に対する意識を高め、行動の変容につなげていく必要があることから、山形市では、市民の健康寿命を損なう3大原因(認知症・運動器疾患・脳卒中)を予防するために、食事(S)、運動(U)、休養(K)、社会(S)、禁煙・受動喫煙防止(K)に留意する「SUKSK(スクスク)生活」を提唱している。
PT調査とビッグデータ
山形市まちづくり政策部 まちづくり政策課都市計画係 主査 尾形秀史氏(現在、PT調査で得たデータをもとに「ウォーカブルなまちづくり(居心地がよく歩きたくなるまちづくり)」などの施策を担当)。
尾形氏:
人の移動を調べるには、PT調査以外にもいくつかの方法があります。近年注目を集めているビッグデータにも利点はあると思います。
これまでのPT調査の結果からは得られない時々刻々と動く移動軌跡データや解像度の高い滞留人口マップ、それらの日々の変化を比較できるなど、現在、さまざまなデータが販売されています。
最近では、成人だけでなく、小学生や中学生など若年層においても多くの人が携帯電話を保有していますので、人流ビッグデータも幅広い年齢層での取得が可能になっています。
ただ、人流ビッグデータでは移動の目的がわからない事や、地方都市ではサンプル数が乏しいといった課題もあります。
改めてPT調査の重要性がわかったと語るお三方。背景に見えるのは山形県郷土館「文翔館」。歴史ある風景を残しながら、より暮らしやすいまちづくりを目指す山形市。
また、道路整備やウォーカブル施策の評価分析で携帯電話のGPSデータを用いる場合、データ取得が1分や5分間隔であり歩行者のおおよその移動しか把握できません。自転車や自動車に乗っている方のデータは、どの経路を通ったのかが判然としないのです。中心市街地など特定のエリア内の人流をより詳細に調べるためにも数秒程度の短い間隔で取得したデータがほしいところです。
次の調査機会では人流ビッグデータとPT調査データの良い点を組み合わせた方法で人流の把握ができればと期待しています。
次回、第3回のインタビューでは「新たな都市交通調査への期待とPT調査の今後」についてお届けいたします。