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はじめてのパーソントリップ調査で山形市が得たもの
Vol.1山形市が初のパーソントリップ調査
実施に踏み切った理由
現在では全国すべての都道府県で行われているパーソントリップ調査であるが、山形県では県内の中心都市である山形市で2017年に初めてのパーソントリップ調査が行われた。「パーソントリップ調査の必要性は2008年ごろから感じていた」と言うのは、調査実施の際に中心的役割を果たした現・山形市企画調整部の宮城友嘉氏だ。人口約25万人の山形市が調査に踏み切った理由と、実現に至るまでの背景を伺った。
今後の望ましい交通のあり方検討に向けた基礎資料づくり
2017年度 実態調査
2018年度 現況集計・現況分析
山形市企画調整部 公共交通課 課長補佐の宮城友嘉氏。(調査当時はまちづくり推進部都市政策課に所属し、パーソントリップ調査を担当)
なぜ車社会の山形市でパーソントリップ調査が必要だったのか
私自身、大学で都市計画について学んだ際に、パーソントリップ調査(以下、PT調査)の重要性は教えられていました。
山形県は過去に一度もPT調査を行なっていませんでしたが、かねてから調査の必要性を感じていた一番の理由は、都市計画に関わる我々が市民の移動の実態を把握できていなかったことに加えて、山形県が全国でも有数の「車社会」だということです(※1)。
これは山形市だけでなく、全国の地方都市でも似たような状況かと思いますが、住民のほとんどが日常的に自動車を使っています。しかし、「車社会」であることが当たり前になっていて、都市計画に関わる私たち自身がその実情を知らなかった。いわば、「車社会」だというぼんやりしたイメージだけで実際は“空白”になっていた「山形市の人のうごきの実態」を知りたい、というのがPT調査の実施に踏み切った大きな理由でした。
市で公共交通や道路など総合的な交通計画を練るにも、国が掲げる「コンパクト・プラス・ネットワーク」によるまちづくりの政策を立案するにも、市民の動きを多角的に分析できる客観的な基礎データがほしいと感じていたのです。車をよく利用する市民のことだけでなく、今後、高齢化がますます進んでいく中で免許返納後の暮らしなどを考えるにあたっても、個人属性や移動目的などと紐づいたデータが必要だと強く感じていました。
しかし、PT調査の実施やそのデータの必要性について、最初は周囲からもなかなか理解が得られませんでした。車社会の山形市では、交通量や自動車の流れを測る従来の「道路交通センサス(※3)」のデータだけで十分だという先入観が庁内だけでなく、庁外の関係機関などにもありましたので、PT調査の重要性を関係各所に説明することからはじめていきました。
※1 山形県の「自家用乗用車の世帯あたりの保有台数」は2022年3月末時点で全国3位
※2 2022年3月末時点で1世帯あたり1.642台の自動車を保有。「自家用乗用車の世帯当たり普及台数」一般財団法人 自動車検査登録情報協会より
※3 道路交通センサスとは、正式名称を「全国道路・街路交通情勢調査」と言い、日本全国の道路と道路交通の実態を把握し、道路の計画や、建設、管理などについての基礎資料を得ることを目的として、全国的に実施している統計調査。
調査実施に踏み切ったきっかけ
PT調査の実施に向けて動き出したのは2016年の春です。ひとつのきっかけになったのはその年の2月に策定された「山形市発展計画」(「山形市まち・ひと・しごと創生総合戦略」を兼ねる、『健康医療先進都市』の創造に向けた市の人口ビジョンや推進する取り組みを記したもの)という市の5ヵ年計画でした。
当時を振り返ってみますと、市長をはじめ、各部長などが参加する庁内会議において、PT調査の概要などについて話す機会を得られたことが、調査実施に向けて大きく前進した契機になったと思います。
正直なところ、諦めかけていたところもあるのですが、市長の理解とバックアップを得られたことで、「PT調査で得た市民の移動データやニーズを政策立案や都市計画マスタープランの実現に向けた取り組みに最大限活かす」という機運が一気に生まれました。
また、山形市としては、仙台都市圏が5回目のPT調査を翌年に控えていたことも調査時期を合わせることで実現に至る拠り所の一つになりました。
「山形市発展計画」では、山形市と仙台市が「仙山圏」として一体となって発展し、東北地方のけん引役を果たしていく「仙山連携」の考え方が示されており、この考え方を後押しする調査にできるためです。広域的に人の動きを捉えながらこれからの都市や人々の生活を考えていくことは、人口25万人規模の山形市のような都市では重要な視点だと思います。
はじめてのPT調査に向けて
山形市がPT調査実施に向けて具体的な検討を始めたのは2016年秋。仙台都市圏PT調査の実施が2017年秋に予定されていたので、そのタイミングに合わせて急ピッチで準備を進めていきました。
まずは私が所属する都市政策課内において、PT調査の実施に向けた検討体制を整えたのですが、初めてのPT調査でしたのでまったくのゼロからのスタートです。まず、日ごろからお世話になっている都市の人流の調査に詳しい大学の先生をはじめ、PT調査を手掛けたことのあるコンサルタント会社に調査の具体的な実施方法などをお聞きしました。それだけではなく、2007年度に市単独でPT調査を行った松山市の先進的な事例も参考にさせていただきました。加えて、すでに4回のPT調査を行なっている宮城県や仙台市の担当者の方にもヒアリングさせていただき、実務的なノウハウの収集をしました。
はじめてのPT調査実施に向けては苦労も多かったが、「あのとき調査に踏み切れて、その後の山形市のまちづくりなど、さまざまな分野に大変役立っていると思います」と宮城氏。
はじめてのPT調査の実施における最初のハードルは「予算の確保」でした。調査に要する費用については、市が単独で費用を負担することが難しいため、国の補助金の活用を検討しました。また、周辺自治体から山形市内への流動も多いことから、市内に限らずより広域でのデータを取る必要がありました。山形広域都市圏を構成している自治体(天童市、上山市、山辺町、中山町)にも予算の捻出のお願いに伺い、広域的なPT調査の必要性とそれに伴う費用負担について、ご理解いただくまでに時間がかかったことなどの苦労がありました。
また、補助金に関する国とのやりとりについては、「PT調査の結果をどのような目的に活用していきたいのか」という点において、当初、明確な方針を示すことができない面もあり、厳しい指摘も受けるだろうと予測はしていました。
この点については、地方整備局の担当者の方にも適切なアドバイスをいただきながら、PT調査の結果を「仙山連携に向けた計画」、「公共交通に関する計画」、「中心市街地活性化に向けた計画」など、さまざまな計画に活用するための方向性をまとめました。議論を何度も重ねて、指摘を受けた要件をひとつひとつ具体化していくことで、最終的には国からの補助を得ることもできました。
それから、調査にご協力いただく市民の皆様から広く知ってもらい、また、理解を得るためにはどうすればよいのか、と言った点についても苦慮しました。
今回の調査は対象者に郵便物で調査票をお配りするものでしたので、市民の皆様へ直接調査の必要性や回答方法などを説明してご協力をお願いすることが出来ません。また、初めての調査でしたので、回収率の見通しが立てにくい状況もありました。そのような中、必要な回収率を確保するためにさまざまな工夫を凝らしました。
より多くの市民にPT調査の趣旨などを知ってもらうため、職員間で活発にアイディアを出し合いながら、さまざまな広報・啓発活動を行いました。実際に行ったものとしては、20万人以上の動員がある「山形大花火大会」でのメッセージ花火の打ち上げや、約5千人のランナーが中心市街地などを駆け巡る「山形まるごとマラソン」でのチラシ配布などです。また、地元のテレビや新聞などでPR活動の様子を取り上げてもらったことも認知度アップにつながったと思います。
また、これは些細なことかもしれませんが、その時に我々が着ていたポロシャツはPT調査のPRツールとしての要素だけでなく、関係職員やスタッフが同じポロシャツを着ることで士気も上がり、組織の一体感にもつながったと感じています。
次回、第2回のインタビューでは「PT調査の結果から見えてきたこと」についてお届けいたします。